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Introduction

ドナルド・ブラッドマン

 本書は、クリケットというゲームをより振興し、クリケットをプレイする人たちにより多くの楽しみをもたらし、競技者たちにより多くの知識を与え、そして何よりもこの国に住む多くのコーチたちの技術を向上させることを目的としている。本書にはテストマッチ(国別対抗戦)に出場するようなスターたちを育てるような高度なことは書かれてはいないが、その副産物として将来のスターが育てばこれに勝る喜びはない。我々が常々気をつけなければならないのは、スタープレーヤーそのものよりもそのスポーツをする楽しみや目的の方がより重要だということである。
テニス界最高峰のトーナメント・ウィンブルドン選手権の勝者は毎年たった一人しか出ない。そのたった一人にあらゆる賞賛や栄光が授けられる。しかしながら、ウィンブルドンを支える無数の人たちがいなければ、ウィンブルドン自体が存在しなくなるのはいうまでもないことだろう。
まして、テニスよりもチームスポーツとしての性格の強いクリケットにおいては、このスポーツを支え、発展の基礎をつくりあげている幾多の一般の人々により大きな注目が当てられるべきである。そして、それらの人々の最終的な成果が、テストマッチのような国際試合の結果となってあらわれるのだ。
コーチングがどれほど重要だろうか。一度そこに視点を向けてみたい。歴史上、最も偉大な代表選手たちはコーチングのみによって偉大になったわけではない。W.G.グレース博士、ジャック・ホッブス卿、デニス・コンプトン氏、ビル・オライリー氏などのキャリアを見てみても、同じことがいえる。彼らはその卓越した技術でその地位まで上り詰めたが、基礎技術と個人の資質がうまく結びついた結果なのである。
本書の目的はクリケットの技術それ自体を高め、クリケットをプレイする目的をさらに促進してくれるコーチたちを育てることにあると私は重ねて強調したい。そして、若い選手たちが持っている才能を育んでいくには、コーチが若い選手たちにできるだけ多くの選択肢を持たせ、できるだけのびのびとプレイさせることがいかに必要であるかを伝えていきたい。
芽が出始めた若い才能をさらに伸ばしていくには、その選手がクリケットを愛し、クリケットに貢献していこうという気持ちを持っていることが重要である。
コーチングに対して理解の足りないコーチはオーソドックスなやり方を教えることに終始し、それこそがコーチングの本質であると誤解しがちである。しかし、優れたコーチはより大局的な視点に立ち、オーソドックスなやり方と自由な指導法をうまく使い分ける。
堅苦しいコーチはその教え子たちに真っ直ぐウィケットに飛んできたボールは常にバットを縦にしてプレイしろと教える。しかし、より挑戦的で視野の広いコーチは型にはめることをせず、同じようなボールでもバットを縦にしてプレイするだけでなく、リスクをとる必要がある場合はミッドウィケットの方向にプルショットをすることも教える。
前者は多くのケースで長くバッティングできるだろうが、点が入らず、結果としてつまらないゲームとなる。後者はアウトになるか長打になるかどちらかだろう。しかし、有名な詩の中に次のような言葉がある。
「合理的なことしか考えない人間たちが、何の事故も、何の不運も想定されない状況でプレイしても、そのゲームは少しも価値がない。」
この言葉は必ずしも正鵠を得ているわけではないが、私のいわんとしていることは少なからず満たしている。
クリケットは新たな友情の創造、旅行、教育、そして人間性の育成にとって無限の可能性をもたらしてくれる。
私は常々こういっている。クリケットはさまざまな優れた文芸作品の中で描写されているので、それを熟読してみるとよい。
幸運にもそれらの秀作を見つけられたならば、そこにはまったく新しい世界が描かれていて、それは何度も何度も読み返す価値があるものである。我々は生活の中で多くのプレッシャーを受け、誘惑が多く、余暇のあふれている時代に生きているのだ。
近年、若い世代には高い理想と健康的なリラクゼーションが必要になってきているといわれている。そうした中、クリケットほどこれらの価値を多く提供できるスポーツはなく、本書をもとにクリケットのコーチを創り上げていくことはとても崇高で、とても意義の大きい、貴重な社会貢献活動といえるのではないだろうか。

オーストラリア・アデレード市にて(1995年4月)